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なぜ口腔内の健康が、全身にとって重要なのか?

2019年11月11日

株式会社サリバテック

杉本 昌弘

【略歴】

1975年 富山生まれ大阪育ち。早稲田大学理工学部機械工学科、同大学院機械工学科にて修士課程修了。2005年慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科にて博士(学術)取得。2011年神奈川歯科大学大学院にて博士(歯学)取得。

 

修士取得後、三菱スペース・ソフトウェア株式会社に就職、その後、慶應義塾大学先端生命科学研究所 特任講師、京都大学大学院医学研究科メディカルイノベーションセンター悪性制御研究所 特定講師などを経て、現在、東京医科大学 低侵襲医療開発総合センター 健康増進・先制医療応用部門 教授、慶應義塾大学先端生命科学研究所 特任教授、筑波大学 プレシジョン・メディスン開発研究センター 客員教授、明治大学 総合理工学部 非常勤講師、聖路加国際大学大学院 公衆衛生学研究科 非常勤講師などを兼務。

2013年に株式会社サリバテックを設立。




私たちは唾液でがんを検査する技術開発を行ってきました。きっかけは、唾液検査の一人者である米国UCLA大学のDavid T Wong博士との共同研究です[1]。様々な著書や論文の中で彼は「唾液は体の鏡である」という表現を使い、全身の様々な疾患を唾液でモニタリングできると可能性を示唆する研究成果を出しています。例えば乳がんなどの口腔から離れた組織のがんであっても、がん細胞から分泌される特殊な成分が血液を通って、一部は唾液にも出てきます。これをとらえることで体内のがんの存在の可能性を推測することができます。


唾液は痛みがなく採取できるために高頻度に検査しても被検者の負担が少ないメリットがあります。ただ、なぜ血液を使わないのか?とよく質問を頂きます。確かに血液のほうががん細胞から放出された分子がより高濃度で存在し、唾液の場合は血液からの成分だけでなく口腔内細菌や歯肉浸出液などからの成分も混じるために、精度が劣化することが懸念されます。一方、物質測定という技術的な側面を考慮すると、唾液は容易ですが、血液は非常に難しい一面があります。他の話に例えると、唾液では透き通った水からわずかな砂金を探すようなもので、ごくわずかな砂金でも容易に探せます。一方、血液では泥の中から砂金を探すようなもので、様々な種類の不純物を除去するプロセスを踏んでようやく砂金にたどり着くために、やや砂金が多くても探すのがむしろ難しいという課題があります。


また、尿も唾液と同じく成分分析そのものは容易ですが、そもそも血液から尿にでてくる成分の内、生体にとって重要なものは再吸収してまた血液に戻す仕組みがあり、がんから分泌される物質が尿中に溶けたまま放出されにくい課題があります。このようにそれぞれの検体で一長一短がありますが、唾液と成分分析の親和性が良く、これまでに実施してきた臨床試験で口腔がん(Ishikawa et al, Scientific Reports, 2016)[2,3]、乳がん(Murata et al, Breast Cancer Research Treatment, 2019)[4]、膵がん(Asai et al, Cancers, 2018)[5]などを検出できる可能性があることを示してきました。


一方、歯周病が全身の疾患のリスク因子となることが近年多く報告されています。特に糖尿病などの代謝疾患の発症リスクは高くなることが知られてきました[6]。糖尿病が様々な合併症を引き起こすことは皆様もご存じだと思いますが、特に、膵がんのリスク因子として近年、疫学調査が多く報告されています。糖尿病の患者数は世界的に増加の一途をたどっており、成人の11人に1人が糖尿病患者で、日本でも増加傾向にあります。中でも新規発症糖尿病患者(NOD:new onset diabetis)は、通常の2型糖尿病患者(TypeII-DM)に比べて8倍膵がんの発症率が高いことが欧州膵臓学会と米国膵臓学会での疫学調査で報告されています(Singhi et al, Gastroenterology, 2019, Kork M et al, Clin Cancer Res, 2015)[7,8]。つまり、歯周病が全身代謝の異常をきたし、その代謝ストレスが膵臓のがん化に関連するといった負の連鎖が、このような研究報告から推測することができます。一見関係なさそうな口腔内環境と膵がんが、代謝ストレスを通して関連することは驚くべき事象です。


唾液検査等でがんを早期発見することも重要ですが、口腔内環境を整えて、がんのリスク因子を減らすことも重要です。免疫力、認知症、腸内環境など、口腔内環境がもたらす様々な影響も報告されおり、Wong博士の言葉に準えると、「全身は口腔内の健康状態の鏡」とも考えられます。このページにアクセスされている方は予防歯科の重要性を認識されていると思われますが、このような全身の代謝やがんへの具体的なメカニズムが日々解明されてきているため、その重要性がより明確化していくと考えています。

 

 

参考文献

1. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20300169

2. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27539254

3. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28101653

4. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/31286302

5. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29401744

6. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/31696343

7. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30721664

8. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25645860