SAT 真の患者利益のため予防歯科を中心にした歯科医療へ

活動報告


予防歯科プロジェクトで考えたこと

SAT事務局 伊藤日出男


◆予防歯科の新陳代謝は時代の欲求


2018年5月12日(土)開催
関西大学総合情報学部
創立25周年シンポジウム
「予防医療における
 情報の役割を考える」



2018年5月18日(金)開催
富士通フォーム2018
「予防歯科から始まる
 分野を超えた新たな共創」


この2週間あまりで、大阪で関西大学が、東京で富士通社が主催する予防歯科プロジェクトに参加してきました。どちらのプロジェクトも盛況で、演者の熊谷崇先生の一言一句が、参加者の学生と大学関係者、そして企業関係者の琴線に触れて会場は熱気で包まれていました。富士通社の全社的イベントである富士通フォーラムには、多くの大手企業経営層も訪れ熱心に聴講されており、予防歯科への関心の高さは、私の想像を超えるものでした。


その中でもいくつかの大手民間保険会社が、予防歯科の社会的価値を非常に高く評価して、熊谷先生からのビジネス的助言を求めていました。周知のように若者のクルマ離れによる自動車保険の低迷、高齢化社会での健康寿命に着目した保険商品などの登場により、この数年で民間保険の商品構成は大きく変化してきています。その一連の流れの中で、これから顕在化してくる社会問題解決のために、熊谷先生が発信する予防歯科に白羽の矢が立っている様子でした。この数年で、歯科は業界内部からではなく、社会の仕組みの中で新陳代謝が促される気配を感じさせる予防歯科プロジェクトでした。


◆診療室から社会へ目を向けよう


来院する患者さんに関心の全てを集中していれば、自院も歯科界もそして社会全体もうまくいくという予定調和で、歯科医師は今まで走ってきました。それ以外のことは行政や歯科医師会が何とかやってくれるだろう、気持ちの中にそのような甘えがあり、社会や歯科界については人任せだったことを、多くの歯科医師は否定することはできないでしょう。


しかし、その歪みはこの10年ではっきりと表面化してきました。社会や歯科界のさまざまな問題は、政治や行政任せにしていて済むものではありません。歯科医師個人が社会をどう考えるか、自問自答する時が来たと思います。歯科医師個人が今直面しているのは、子供の教育や住宅問題、医院経営の問題、引退後の老後の問題かもしれません。それに対して歯科医師はどう動くのか。臨床に注ぐエネルギーのうち数%は、社会問題の解決に向けるべきではないのか、深く考えて欲しいと思います。先の予防歯科プロジェクトに参加し、業界以外の組織からの予防歯科への注目度の高さは驚くものがあります。歯科医師は、診療室から出て社会の機運を感じることが大切です。


社会あっての歯科医療です。社会で働くさまざまな組織、それを担う人々の意識や行動とはどのようなものか。何が必要か。社会の中で歯科医師は何ができ、どう生きるのか、を考えることをもう避けては通れません。官庁指導のもと、歯科医師会が業界を代表して仕組みを作っていく、いわゆる護送船団方式の水になじんでしまうと、かつては見えていた社会の流れも目の前で霧散霧消してしまいます。患者だって歯科はそういうものだと納得しているはず、と思考を停止してしまっている歯科医師が多いのではないでしょうか。信じられないほど大きな時代とのズレも、歯科界の中で自閉していては感じなくなっていくばかりです。業界ではなく社会と時代を見てきた熊谷先生の視点は、せめてもの歯科界の救いと感じます。


◆グローバルスタンダードには、まだ遠い


2018年5月12日(土)開催
関西大学総合情報学部
創立25周年シンポジウム
「予防医療における
 情報の役割を考える」



2018年5月18日(金)開催
富士通フォーム2018
「予防歯科から始まる
 分野を超えた新たな共創」


2つの予防歯科プロジェクトを通じて、歯科界のグローバルスタンダードの軽さを感じました。限られた分野で、あるいは学会ではよく発言するけれど、業界外の人と話すのは苦手、ましてや社会に向けて情報発信していくなど考えもしない。現在の歯科医師のコミュニケーション能力は、その程度のレベルだと思います。


そんな縦割りの社会の中で生きてきたのが歯科医師ですから、全ては自分の属している組織や診療室の中で完結していて、それ以上は求めない。そうなると社会とコミュニケーションできないだけではなく、歯科領域から外れて社会問題を考えるのは不可能で、大きな社会活動に対する発言や行動も個人ではできないのが歯科医師です。社会保障費財源の枯渇、医療従事者不足など社会のニュースや動きが気になるのは、自院への影響や患者動向が気がかりだからという範囲から出ていないのです。こうなるとたとえ輸入医療機器を揃えていても、海外留学を経験していても、その歯科医師に国際性を認めることは無理かもしれません。なぜならば、社会は常に世界と繋がっているからです。


医療費や労働力問題は当然のこと、身近なゴミ問題などの公共的問題さえも国際的な連携に関わる問題です。このことに気づいているのが、一般大学関係者であったり一般企業の人であったりするわけです。そのため、彼らは予防歯科普及が歯科界だけの問題ではなく、社会が抱える問題解決につながる自分事として関心を持つのです。


世の中でグローバルスタンダードとされるエリートは、自分の仕事の上だけではなく一市民としても社会問題に目を向けるエリートです。然るに歯科界のグローバルスタンダードは、閉鎖した分野での狭義なものです。海外の大学、あるいは企業の名に寄りかかろうとする、またその名に群れてエリートの名を手に入れたように思う歯科医師の風潮は実に空虚だと思います。オーラルフィジシャン歯科医師は、積極的に社会と関わり市民エリートになって欲しいと思います。その視点や問題発見能力を歯科界や社会に活かしていく、そんなグローバルスタンダードな歯科医師の存在を社会は待ち望んでいます。


◆新しい袋の中に社会が何を入れるのか


第三者として予防歯科プロジェクトに参加して、社会や企業の関心の高さを目にすると、改めて熊谷先生は大多数の歯科医師や私の目には見えない問題や事実が見えていたのだと思います。10数年前に、熊谷先生の講演を読売ホールで聞いた時、頭の向きが変わる思いがしました。今まで自分が待っていた知識の袋に新しい情報を入れるのではなく、まったく別の袋が手に入ったような感じです。この2年あまり一般企業や健保組合、大学などと組んで開催された予防歯科プロジェクトは、目に見えるもの、わかりやすいもの、そしてスッキリと答えが出るものではないため伝播力も強くはありませんでした。しかし、それは別の角度から何かが目に見えていることのように感じています。この2年の経験で、オーラルフィジシャン歯科医師として新しい別の袋を手に入れたことになります。その新しい袋の中に社会が何を入れていくのか、この1年で決まるように思います。