SAT 真の患者利益のため予防歯科を中心にした歯科医療へ

「KEEP 28」のための医と企業との連携 Sakataモデル



歯科界の常識を超えるためのパブリック・コメント NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」~ぶれない志、革命の歯科医療が放映されました 「カンブリア宮殿」に熊谷崇が出演しました 「未来世紀ジパング」に熊谷直大が出演しました 日吉歯科診療所


熊谷崇

「KEEP 28」は私達の新しいスローガンで、たとえ人生100年時代であっても、自分自身の28本に健全永久歯を全て保つという究極の目標を表現している。この究極の目標のために、歯科の臨床、研究、教育は行われるべきである。さらに、「KEEP 28」の目標を念頭に歯科がイノベートされるだけではなく、医科や企業や、コミュニティを含む分野を超えた連携が達成されなくてはならない。そのような社会システムの一例として、Sakataモデルを提示したい。


「KEEP 28」はかなり野心的に聞こえるかもしれないが、37年間の私達の臨床経験から夢ではないと確信している。私達は1980年に山形県酒田市で開業した。以来、2018年2月現在約30,000人の患者が来院している。私達が行ってきた臨床結果はこれまで多くのマスメディアに取り上げられ、全国の一般住民、医科や歯科の専門家はもとより、企業からも多くの関心を得ることになった結果、症状が出てから受診するという従来型の歯科医療のあり方に多くの人が疑問を持つようになった。


日本で行われている従来型の歯科医療の結果、75歳以上の後期高齢者の89%がう蝕と歯周病によって義歯の使用を余儀なくされている。「KEEP 28」には程遠いこの状況は「歯科医療の敗北」だと私は考えている。


私達は、科学的エビデンスに基づいたメディカルトリートメントモデル(MTM)を用いて「Oral Physicians」として歩んできた。このMTMという用語が最初に歯学に登場したのは、スウェーデンのDr. Krasseによってであった。彼は、


  1. 患者の主訴を聴き
  2. 必要ならば検査を行い
  3. 疾患の原因を取り除き症状を軽減し
  4. 治療の結果をモニターし再発を防ぐ

という歯科臨床の考え方を示した。私達はそれ以前から日吉歯科としての臨床モデルをシステム化していたが、ちょうどそのモデルを表現する適切な用語を探しているところだった。
「MTM」という用語が日本に紹介されて以来、私達は日吉歯科のモデルをMTMと呼んでいる。全ての患者に問診、口腔内検査、X線写真、口腔内写真、唾液検査(DentocultRsalivakit,Oral Care Inc,Tokyo)、食事記録を取っている。リスク評価を行なった後、初期治療、再検査と再評価を行う。必要ならば治療を行なった後、患者のリスクに基づいたメインテナンスの間隔とその内容を決めて定期的なメインテナンスを患者に実践している。


「KEEP 28」を達成するためには、若年者への幼児期からのう蝕と歯周病の予防が必須である。2017年1月の時点で、日吉歯科では6歳から20歳の患者1,831人中、1,605人が永久歯カリエスフリーだった(88%)。20歳の一人当たり平均DMFTは1本未満だった(n=32)。また、家族単位で患者を診ることも重要である。多くの歯に修復処置が施されていた妊娠中の女性には、これから生まれてくる赤ちゃんが彼女の年齢になった時に、カリエスフリーでいる可能性とその方法を伝える必要がある。家族と一緒に乳児期から始める予防的口腔ケアは、その可能性を高めてくれるはずだ。


日吉歯科における、成人患者の2017年のアウトカムは、Axelssonら(2004)の30年メインテナンスの結果と同様だった。MTMを20-34歳で開始し、21年以上メインテナンス下にあった患者の平均喪失歯は0.3本だった(n=344)。長期メインテナンスを継続した人はほとんど歯を喪失することはなかった。80歳以上の患者は209人いる。彼らはメインテナンス中に平均的に数本の歯を失った。しかし、彼らの初診が50歳以降であったことを考えると、初診時にはすでに歯牙喪失や歯槽骨の吸収が進んでいたと考えられる。もっと若いうちからMTMが開始されていたら、結果は違っていたであろう。幼児期からの適切な口腔ケアの取り組みによって、多くの人が「KEEP 28」を実現する時代がいずれくると確信する。


しかしながら、「KEEP 28」を社会全体で達成させるには、一つの歯科診療所だけが努力しても不可能である。他の歯科医療機関、歯科医師会、政府、企業、そして社会全体が同じ目標に向かわなければならない。酒田では、地元の企業が私達の考えに賛同し、従業員の歯科メインテナンスプログラムに助成を始めた。これは企業の「健康経営」のコンセプト線上にある。健康経営では、従業員が健康で働きやすい環境とシステムを提供することにより、彼らの健康が守られるだけではなく、結果として企業の生産性が向上することにつながる。また、予防口腔ケアによって医療費全体を削減できるはずだ。現在、全国規模の大企業も様々な歯科医療を助けるシステムを導入し始めている。歯科業界の全企業は、従業員とその家族の予防歯科を率先して助成すべきである。


最近、私達は患者が自身の規格化された歯科情報や、口腔保健の履歴を共有できるようなクラウドサービスを開発した(Fujitsu Limited,Japan)。ITを使ったこの新しいサービスのおかげで、患者は家庭でのセルフケアによりモチベーションが上がり、口腔保健の価値をより理解してくれる。全身と口腔の健康は密接に関係しているので、将来はこれらのデータをその患者の医療のためにも使われることになるだろう。また、歯科医療の結果がはっきりと患者に提示されるので、ケアの質がより維持されやすくなるはずだ。

Sakataモデルは順調に発展してきた。そして分野を超えた人々や団体が関与を申し出てこのモデルの広がりは加速傾向にある。支援者としての彼らの要望は、こうしたコンセプトで結果を示せる歯科医院が身近に存在することである。しかしながら、現状はこの要求をみたすことのできる歯科医院数がまだまだ不足している。多くの人が求める歯科医療を提供することが、即ち日本の歯科医療の変革の力となるはずである。Sakataモデルを実践することはハードルが高いと言い訳をせずに多くの歯科医院がチャレンジしてくれることを切に願っている。


Holistic care should be coming your way

N.Wilson
イギリス歯科医師会元会長


Oral health : The Sakata model

渋谷健司
東京大学教授